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「多数のわらじ」を履いている?私の、ちょっとだけ息抜きさせてもらえる場所だったり
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・・・悪友から、『今週の月曜日』について、「今年は何にも触れてないんだけれど何かあった?」と聞かれました。
確かに、一昨年は11月から『その日』に関連するものを見るためにそわそわバタバタしていたり、昨年1月に入ってから迎えた『その日』は・・・鬱絵を描いてましたね。
「そんなアンタが忘れるなんて考えにくいから、何かあったか、言われた?」と。

・・・なにも無いし、言われてもいない。

勿論、偶然仕事で西宮に滞在中だった育ての母上を危うく失いかけた出来事でしたし、数年前に亡くなった友人があの出来事の直後に見せた姿を思い出すと・・・16年前の出来事がつい昨日のことのように感じます。
たとえ、自分が直接に被災していなくても。
そしてその10年後にも、もどかしい思いを只管にする羽目になったし。

記憶は無くとも、育ての母に何度も連れて行ってもらった街。
方向音痴の私が珍しく迷子にならなかった街。
全てを受け止め、包み、放ち、前に歩んでいく街。


忘れるわけが無い。


でも、経験もしていないのに・・・何が言えるだろうか。


一昨年に行ったあの光の海の景色や・・・犠牲者の名前が張られているモニュメントの中に入った時の静謐さ、街中で見かけた小さな小さな『祈り』の形・・・そういったものを見た中で、『所詮は外野の人間』なのかもしれないな、と。

あの街で生き、あの街で体験した人間でしか、語れないものもあるのだ、と。
語ってはいけないものもあるのだと。
私は「失いかけた」のではあるけれど、実際に「失って」はいない。
そして被災したのは私自身ではない。
遠くで見ていただけなのだ、結局のところは。

『その日』にまつわる何かを感傷的に語る資格は、私には無いのだ、と。
ただ、それだけです。

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花個紋時計
プロフィール
HN:
さー
性別:
女性
職業:
多数?の草鞋履き(最近少し減らしました)
趣味:
読書、音楽弾き聴き、きもの、草いじり、料理、・・・あと、かきものとか。
自己紹介:
諸般の事情から「多数の草鞋」を履くことになってしまった私です。
息抜きとして、日々のことや趣味のことも書けたら良いなと思っています。

☆名前について☆
ここでは“さー”を使っていますが、“さー坊”というのも時折使っております。
(メール送信時は、名字まで付いてます。)
どれでもお好きなものでお呼び下さいませ♪
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